母の天気予報
岸本 加世子
母は突飛と言うか本当に愉快な人だった。


窓辺にペタンと座り込んで、ある日は

らっきょうの皮をむいたり趣味の押し花

などしていても、

自分の鼻をこすり始めると決まってこう言った。


「鼻んバカかゆいだい!こりゃー大雨に

なるぞ!うーっ、かいーっ!」


こすりすぎて赤くなった鼻を

さらに掻き出すのだ。


母は鼻がかゆくなるのは雨の前ぶれだと確信していた。


むろん何の根拠もないとは思うが、どういうわけか

これが不思議に天気予報よりよく当たった。


そんなわけで私もいつ頃からか、出掛ける前に

母の鼻が赤くなっていないかどうか

確かめるようになっていた。


ある時聞いてみたのである。


「何で雨が近づくとかゆくなるの?」


「知らんよおー。台風なんかが来ようもんなら、

 おとましいだい。

 かいーなんてもんじゃないわえー。こーなるだい」


そう言って自分の鼻に

手のひらを押しつけてグリグリ回して見せる。


それで台風の日は本当にデン助のように

鼻の頭を真っ赤にしていたから笑ってしまう。


雨のことだけではない。


母と並んで台所で洗い物をしていると

よく言われたことがある。


「お前も飲んべーと一緒になるな・・・」


父のお酒でさんざん泣かされてきた母が、

やっぱり血だとでも言いたげなしみじみとした声で

言うのだ。


私は今でもそうだが、台所に立つと

必ずと言っていいほど、水しぶきで

胸から腹にかけてびしょびしょに濡らしてしまう。


母もそうだった。


母娘のそんな小さなクセが同じであることに、母は

自分のしてきた苦労だけは

似て欲しくないと念じてそう言ったのか、

鼻がかゆくなるのと一緒で

理屈ではない母の直感なのか、

今になっても真意のところは分からない。


酒で泣かされる以前に

この歳になっても嫁に行ってないのだから、

母の取り越し苦労というところか、

だが雨を知らせてくれる人が

いなくなったことは

やるせない。





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